教育・子育て対談

もともと人は、向上していくことを楽しいと感じるもの。
その楽しいと思える「きっかけ」を与えることが教育の原点です。

辰巳渚さんは、100万部のベストセラーとなった『「捨てる!」技術』(宝島社新書)など多数の著作を通じて、物質的に恵まれた社会での本当に豊かな生き方を提言されている方です。また、提言を実践する場として、家事から生き方を整えていく「家事塾」を主宰されています。家庭では男女二児の母親で、上の男の子は小学3年生からサイエンス倶楽部に通っています。
辰巳さんとサイエンス倶楽部専務取締役の広永は、親子同伴の海外実習などで意見交換するうちに、科学の実習を通じてお子さまの成長をサポートしていく「サイエンス倶楽部」と、家事の実習を通じてお子さまの成長をサポートしていく「家事塾」に共通する理念があることを認識しました。教育には絶対の正解はありませんが、つきつめて考えていくと、同質の世界観へ至るのかもしれません。その世界観を対談を通じて浮き彫りにしていきます。子育てについて考える何らかのヒントになれば幸いです。

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辰巳 渚
文筆家、消費行動研究家、(社)家事塾代表、
子ども環境アドバイザー(子ども環境学会認定)、
共立女子大学 非常勤講師(マーケティング)、
東海大学 非常勤講師(生活行動論)

体を動かした分、心が動くし、心が動けば、思考力も自ずと発動していきます。

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広永 雅史
サイエンス倶楽部 専務取締役

子どもだましの体験と本物の体験の違いは、心をゆさぶるか否かにあります。

●楽しさへの気づきを与える。

広永/そもそも子どもは何によって育つのかと言えば、生まれてすぐに嗅覚を働かせて母乳を探るように、感覚と体験によって育つものなのです。感覚と体験によって脳のネットワークの大半が12歳くらいまでに形づくられていきます。しかし、残念なことに小学生になると、感覚と体験を伴わない学習、たとえば漢字の書き取りや計算問題といった学習が主になってしまいます。それを補う場としてサイエンス倶楽部は活動しているのですが、このスタートラインは家事塾にも通じるものがありますよね。

辰巳/同じことを違う入り口からやろうとしている感じですね。家庭の中でも、お母さんがやった方が早いからとか、やらせるのはかわいそうだからといった理由で子どもたちが家事から疎外され、家事から得られる感覚的・体験的な学びの機会を損失しています。問題のベースには、家事は二次的なことと捉えている現代社会の考え方がありますね。「お風呂に入ってきれいになりたい」「料理を作っておいしいものを食べたい」…そんな願いをかなえていく家事とは、本来、生きていく営みに直結することです。だから、おのずと人としての根源的な喜びがジワジワわいてくるものなのです。しつけという形で強制するのは無理があるし、家事をおもしろおかしくする演出も不要です。本質的な家事の喜びに子どもたちが気づくチャンスを与えることがすべてなのです。たとえば家事塾では子どもにハタキを使わせることがあるのですが、夢中になって楽しんでいますよ。ほとんどの子が使ったことのない道具なのですが、だんだん力の入れ加減とか覚えていきます。そんな小さなことの積み重ねから、やがては日々の営みから得られる充足感や気持ち良さに目覚めていくのです。こうした家事の喜びに気づけば、自然に自分で工夫するようになって、より良い暮らし方を実践していく能力が養われていきます。

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広永/まさにそうですね。家事をして工夫して気持ち良く暮らせるのは楽しい、実験をして考えて何かを発見するのは楽しい。もともと人は向上していくことを楽しいと感じるものなのです。その楽しさへの気づきを与えるのが私たちの役割と言えるでしょう。楽しいと感じれば、子どもは放っておいても勝手に自分でやるようになるんですよ(笑)。楽しさをまた得たいと思うから。

辰巳/快の方向へ向かっていくんですよね。

広永/そう。その快の方向へ子どもたちが進んでいくきっかけを与えることが教育の原点だと思います。

●心をゆさぶるのが本物の体験学習。

広永/サイエンス倶楽部も家事塾も体験をコアに置いた教育をしているわけですが、今日の社会には疑問を感じる体験学習が数多くあります。それで理科教育なの?単なるマジックでしょ?と言いたくなるケースをよく見かけます。

辰巳/サイエンス倶楽部へ我が子を通わせている親の立場で言うならば、ここは子どもだましではない本物の科学の体験学習をやっていますよね。それを私は評価しています。

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広永/子どもだましと本物の違いは、人の心をゆさぶるか否かにあります。簡単に言えば、その実習を受けた子どもが心から「おお?!」と感動できるかどうかです。一例をあげるなら、サイエンス倶楽部では大学でもなかなか置いていないような高性能の顕微鏡を用意して、それで実習しています。安価な顕微鏡とは見える世界がまったく違うのです。そんなすごいミクロの世界を観察するから子どもたちの心は強くゆさぶられます。心がゆさぶられると、人は必ず思考が動き出すんですよ。だから心がゆさぶられないようなものは体験学習ではないのです。本物の体験学習をしてこなかった子どもは、学ぶことに対して無気力、無感動になってしまい、本当の思考プロセスを自分で働かせることができなくなってしまいます。

辰巳/家事もそうですね。ただ運針をするだけの家庭科の授業には興味・関心を持てない子でも、自分でゼロから布を切って縫って何かを作ると「おお?!」となります。料理のお手伝いも、たとえば卵を割ってみるなどの一部分だけでなく、冷蔵庫から卵を出して、割って、調味して、フライパンで焼くというセットでやると「出したての卵は冷たいんだ」とか「卵は縁から焼けていくんだ」とか、いろいろな驚きがあります。そんな感動があって初めて人はいろいろなことを自発的に考えるようになるのです。体を動かした分、心が動くし、心が動けば、思考力も自ずと発動していきます。

広永/その通りです。体と心と思考力は一体となったものなのです。これまでサイエンス倶楽部は保護者の方々のご協力のもとに実習を発展させてきたのですが、同質の教育理念をお持ちの辰巳さんとも今後いろいろな形でコラボレーションできるのではと期待しています。

辰巳/こちらとしてもできるだけ協力させていただければと思っています。

広永/今後ともよろしくお願いします。